この記事では、指名客を多く抱える人気スタッフを「エース」と呼びます。
結論から言うと、私が見た事例では、エース1人の退職で月の売上が4分の1ほど落ち、その状態が3ヶ月続きました。そのエースを指名していた約30人のお客様のうち、半分はすぐに離れ、今も通い続けているのは10人ほどです。
離れたお客様は「店」ではなく「人」に通っていました。そして一番の原因は、エース自身が、この店で働き続ける目標を描けていなかったことにありました。
エースの退職で売上を崩さないために必要なのは、辞めたあとの引き継ぎではありません。辞める前から、エースの目標をオーナーが握っておくことと、お客様が店のセッションそのものに価値を感じて通う状態をつくっておくことの2つです。
あなたの店の「エース」は誰ですか?
エースとは、単に人気があるスタッフではありません。私は次の2つの数字で見ています。
- 担当しているお客様の数:何人のお客様を受け持ち、何人まで受け持てるか
- 指名率:「この人のセッションを受けたい」と選ばれている割合
今回のエースは、月に最大約180本のセッション枠に対して稼働率が約70%で、毎月120〜140本をこなしていました。そのうえで、「この人じゃないとセッションを受けたくない」というお客様を約30人抱えていました。
パーソナルジムやピラティスのように一対一で向き合う業態では、お客様を保有できることは「私はあなたのここを変えられます」と言える力、つまり営業力そのものです。エースはこの力が突出している人で、店にとって大きな強みです。
問題は、その強みが1人に集中していることです。
エースが辞めると、実際に何が起きるのか?
このエースには店舗の管理も任せていました。店舗が増える時期で、私自身も部署が変わったこともあり、以前のように深く話す時間が取れていませんでした。そこに、突然の退職の申し出がありました。
お客様を大事にしてくれていたことは伝わってきたので、丁寧に引き継ごうと話し合いました。それでも、結果は次の通りです。
| 時期 | 起きたこと |
|---|---|
| 退職直後 | 指名客約30人のうち、約15人がすぐに退会 |
| その後の数ヶ月 | 残った約15人からも、少しずつ退会が出る |
| 現在 | 通い続けているのは約10人 |
| 売上 | 月の売上が4分の1ほど落ち、その状態が3ヶ月続く |
なぜお客様は離れてしまったのか?
引き継ぎのために、そのエースがどんなセッションをしていたのかを確認して、分かったことがあります。
そのエースは、お客様との関係づくりがとても上手なスタッフでした。カルテを見ると、トレーニングの内容よりも、お客様との会話の記録が中心でした。お客様の多くは、トレーニングの効果を実感して通っていたというより、そのスタッフとの会話を楽しみに通っていたのです。お客様にとって習慣になっていたのは、運動ではなく会話でした。
後から分かったことですが、そのスタッフ自身も、あまり楽しく働けている状態ではありませんでした。その気持ちは、会話を通じてお客様にも伝わっていたようです。
こうした状態では、どれだけ丁寧に引き継いでも、新しい担当者が同じ価値を提供することはできません。お客様が通う理由そのものが、その人と一緒に店からいなくなってしまうからです。
一番の原因は何だったのか?
振り返って一番大きかったと思うのは、エース自身の目標設定ができていなかったことです。
この店で働き続ける先に、自分がどうなっていけるのか。そのイメージが湧かなければ、人は迷います。会社を悪く言いたいわけではなくても、抱えた不満を吐き出す場所が必要になり、それは一番長い時間を過ごす場所、つまりお客様とのセッションに表れます。これは、ある意味で自然なことです。
これはスタッフ個人の問題ではなく、働き続ける目標を描ける環境を用意できていなかった、店側の課題でした。だからこそ、マネージャーやオーナーに必要なのは、雑談を禁じることではありません。「目標に向かって進めていますか」と、方向を一緒に確かめ直すことです。
エースに辞めると言われたら、退職日までに何をすべきか?
退職の申し出を受けたら、退職日までの流れを設計します。軸にするのは、これまで通ってくださったお客様への感謝です。
- 辞めるエースと話す時間を、しっかり取る
これまでのお礼を伝えたうえで、「あなたが辞めることで、一緒に辞めてしまいそうなお客様はいますか」と一緒に見立てます。退会の見込みが具体的になれば、立て直しにかけるお金や手立ても具体的に考えられます。私が見た事例では、ここが十分でなかったことが、後の立て直しを難しくしました。 - お客様に、きちんとお別れしてもらう流れをつくる
エースが店で挨拶をし、「今までありがとうございました」と伝えられる場をつくります。お客様にも、きちんとお別れをしてもらう。自分の店、自分のお客様であれば当たり前にやることですが、店舗が増えてくると、以前はできていたことができなくなりがちです。だからこそ、流れとして決めておくことが大切です。 - お客様に、次の担当者を紹介する
次の担当者がどんな資格を持ち、どんなテイストでセッションを進めるのかを、お客様にお送りします。「次も通ってみよう」と思ってもらうための、最低限の準備です。 - カルテを、次の担当者が読める状態に整える
書き方がばらばらなままでは引き継げません。読める形に整えたうえで、「この方はこういうお客様です」と、次の担当者に口頭でも伝えます。 - 次の担当者の技術を確認する
引き継ぐお客様に合ったセッションができるかを、事前にチェックします。 - 辞めるエースから、次の担当者へ一言もらう
「このお客様をよろしく」「ここに気をつけてほしい」。この一言があるかないかで、引き継ぐ側の気持ちが大きく変わります。お客様の目標を、次の担当者にも一緒に持ってもらうための大切な場面です。
売上はどう立て直したのか?
立て直しでは、業務委託のスタッフを数名迎え、広告費をかけて新規のお客様を集めました。
完全に元に戻せたとは言い切れませんが、落ちた売上の8割ほどは、仕組みで取り戻すことができました。逆に言えば、残りの2割は、そのエースとの関係でしか生まれていなかった売上だったということです。立て直しの具体的な進め方は「人気スタッフが辞めた後、売上をどう立て直したか」で詳しく紹介しています。
辞める前に、どんなサインが出ていたのか?
振り返ると、退職の前にはいくつかのサインが出ていました。
- セッション中に、お客様以外の話が増える
お客様の身体や目標の話ではなく、スタッフ自身の話が増えていくのは危険なサインです。 - カルテや日報が雑になる
以前はとても丁寧に書いていたのに、細かく書かなくなった。仕事の仕方の変化は、書いたものに最初に表れます。 - 社内のやり取りの様子が変わる
チャットでの発言の量や雰囲気が、以前と違ってくる。
どれも、オーナーが日々の記録ややり取りに目を通していれば気づけるものです。店舗が増えて忙しくなる時期ほど、こうしたサインを見落としやすくなります。
あなたの店にも、こうしたサインが出ていないか気になる方へ。エースへの依存度を確認できるチェックリストを、LINEでお届けしています。チェックリストを受け取る
エースが辞めても崩れない店にするには?
大事なのは、お客様が「人」ではなく「セッションの価値」に通う状態を、店として決めておくことです。
- 店としての決め事をつくる
どんな状況のお客様に、どんなメッセージでセッションをするのか。最低限これだけは必ずやる、という決め事を、店のビジョンとして全員で共有します。 - 成果を記録に残す
姿勢を変えたいお客様なら写真を撮る。体重を目標にしているなら体重を記録する。効果が目に見えて残っていれば、担当が変わっても、お客様は自分の変化を続けたいと思えます。 - お客様自身に目標を語ってもらう
「今月はここまで」「半年後にはこうなりたい」と、お客様自身の言葉で目標を話してもらう。これを引き出せることは、スタッフにとって大切なスキルです。お客様が自分の目標に向かって通っていれば、通う理由は担当者だけに依存しません。
そのうえで、スタッフとの向き合い方を、働き方に合わせて分けておきます。
- 社員のエースとは、目標を握る:この店で働き続けた先にどんな姿になれるのかを一緒に描き、本人の目標を追い続けます。特に店舗を増やす時期は、オーナーとエースの距離が開きやすいので注意が必要です。詳しくは「人気スタッフを辞めさせない目標設定の進め方」で解説しています
- 業務委託のスタッフとは、契約と日々のタスクで向き合う:社員と同じ深さで目標を握るのは現実的ではありません。成果として求めることを契約で決め、日々の成果物を確認します。詳しくは「業務委託のインストラクターをどう管理するか」で解説しています
誰とは目標で向き合い、誰とは契約とタスクで向き合うのかを分けておくことが大切です。
エースがいることは、店の強みです。ただ、その強みが1人に集中したままだと、退職という一つの出来事で、店の売上が大きく揺らぎます。
ひとりで抱え込まなくて大丈夫です
エースから退職を告げられたとき、オーナーはお客様のこと、売上のこと、残るスタッフのことを、一度に考えなければなりません。しかも、エースと向き合って本音を聞くことは、自分が作ってきた店の課題を突きつけられることでもあり、気持ちのうえでも簡単ではありません。
私自身、深く話せないままエースを送り出し、後から「あのとき、もっと話を聞いていれば」と悔やんだ経験があります。
今まさにこの状況にいる方は、まず30分、状況を聞かせてください。 売り込みはしません。お客様への伝え方、引き継ぎの進め方、売上の見通しなど、何から手をつけるべきかを一緒に整理します。
まだそこまでではないけれど、自分の店が気になるという方には、エースへの依存度や、今すぐ手を打つべき状態かどうかを確認できるチェックリスト「待っていい不調・手を打つべき不調の見分け方」を、LINEでお届けしています。
まず30分、迷っていることを聞かせてください。
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